ひらめきと感動の世界

島 宏:著「米百俵・小林虎三郎の天命」あとがき (ダイヤモンド社 発行)

島 宏:著「米百俵・小林虎三郎の天命」あとがき (ダイヤモンド社 発行)

あとがきより

book1私は教育とか人材育成とかを映画化するために人物探しをしたわけではない。小林虎三郎を私に教えてくれたのは、長岡に工場をもち、スイッチング電源装置などを開発製造しているネミック・ラムダ社の斑自力曠会長であった。斑目会長は維新の混沌とした時代に人物をつくることの必要性を説き、学校建設を実行した虎三郎を二十数年間も、いつかは映像化し多くの人びとに虎三郎の偉業を知ってもらおうと、その熱い思いを胸に秘めていた。

平成四年一二月、そのころ私は、あるテレビのトーク番組の演出をしていた。この番組は企業のトップの方がたを毎回ゲストに招き、創業時の苦労話や今後の経営方針などを訊くという経済番組であった。この番組で斑目会長を長岡で取材したとき、正直いって私は驚いた。斑目会長の前歴が、僧侶であったからだ。斑目会長の話は、斬新でユニークでユーモアに満ちていた。話には果てしなく夢があり、聞いている私まで元気が出てくるような雰囲気にひたれる。 不思議な魅力のもち主なのである。

長岡での取材を終え東京に戻った私は、一二月二五日にまた斑目会長と再会し酒宴となった。このころ私は、金閣寺を放火した修行僧のその後を映画化したいと考えていた。斑目会長に話すと、宗教の映画は難しい。それよりも「米百俵」を映画にしてはどうかといってきた。 「米百俵」の映画化は斑目会長の長年の夢であったという。そのとき私は「米百俵」なる話を知らなかった。斑目会長はそんな私に弁舌をふるって教えてくれた。山本有三の著書であること。昭和一八年六月に新潮社から初版五万部という当時としては破天荒の出版で、同六月には、井上正夫演劇道場によって築地の東京劇場で上演されたこと。しかも本は反戦戯曲であった。太平洋戦争が熾烈化して、日本は断末魔の苦しみにあえぎ、青少年の学校教育はほとんど中止させられ、軍需生産工場に動員されたり、学従兵として戦場にかりだされていった時期だけに、戯曲は弾圧を受け一時は絶版となり、自主回収の憂き目をみたこと。現在は長岡市役所の頒布会によって細々と販売されていること。また戦後に歌舞伎として上演されたことなども詳細にわたってお聞きした。

「米百俵・小林虎三郎の思想」の戯曲を斑目会長から頂いたのは、その翌日であった。山本有三の書いた戯曲は映像にすれば三、四〇分ぐらいの短いものであった。一時間三〇分の劇映画にするには資料を広く捜し、肉付けして内容を拡大しなければならない。悪戦苦闘の末になんとか資料をかき集め、第一稿の脚本を書きあげ斑目会長にお届けしたのは、年が明けた一月五日であった。

脚本は書きはじめて第一稿が出来あがるのに最低でも約一カ月はかかる。それを二週間たらずで書けたのであった。通常の何倍ものはやさで脚本が出来あがった。それはまさに長年夢を温めてきた斑目会長の熱い思いが私の執筆をはやめたのであり、私は斑目会長の魔力に書かされたのかもしれない。

三月初旬のクランクインを目前にして、私と斑目会長とプロデューサーの市川晃一氏は何度となく長岡に足を運び、「米百俵実行委員会」の設立をはじめ「財団米百俵塾」の設立など、長岡市役所の方がたや商工会議所の方がたと協議を重ねてきた。映画製作とは一見無縁ともいえる作業を精力的にこなした。

しかしこの一見無縁ともいえる作業には斑目会長の「長岡に虎三郎ブームを必ず到来させてやる」という熱いメッセージが込められていた。まだクランクイン前に、私たちは斑目会長と苦笑したことがある。

「映画が完成したなら、きっと長岡の人びとは虎三郎ブームに映画が便乗したと言うにちがいない」

その直感は当たったようだ。しかしいずれにしても、そんなことはどうでもいいし問題ではない。映画を観た人が感動し、虎三郎の存在を知ってくれればいいのである。

クランクインが間近に迫っても、私は脚本の最終決定稿がなかなか書けなかった。何度となく脚本の直しに時間を費やした。その間に主役の虎三郎には中村嘉葎雄さん、虎三郎が離縁した妻役には眞行寺君枝さん、三島億二郎役には大出俊さんなど約三〇人の俳優さんが出演を承諾してくれた。

撮影初日の朝、私は京都の嵯峨野の旅館でいくつかの誓いを自分自身にした。

その誓いは、バブルが崩壊して世の中が不安定なときに、銀行に個人で借金を申し込み映画製作に大金を投じてくれた斑目会長の期待を裏切らないこと。長年、斑目会長が胸に温めてきた虎三郎への熱い情熱に負けない、それ以上の熱い情熱がほとばしる映像をつくることであった。私が映画監督としてできることは、この二つしかない。

映画が完成したとき、斑目会長の勇敢なチャレンジに応えることができる映画であれば、私の大任は終わる。映画の善し悪しを今ここで申し上げるのは差し控えたい。なぜならその判断をするのは、脚本監督を担当した私ではないからだ。映画を観て虎三郎の思想を理解し、その偉業をたたえ、その生きざまに感動した観客こそ、映画の善し悪しを判断する権利を所有する人たちであるからだ。

映画を撮り終え、今「米百俵・小林虎三郎の天命」の映画は、命を与えられてひとり歩きをはじめようとしている。これまで人びとから遠ざかっていた虎三郎の存在が、バブルが崩壊し人心荒廃が嘆かれている昨今、現実を相対化するかたちで身近で語られだしたことは、まことに嬉しいことである。虎三郎もどこかで独眼とあばたの顔に皺を寄せて、はにかんでいるかもしれない。

抜 粋

 

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