『橘姓斑目家の歴史 古代・中世編』
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233第10章 野中哲照氏インタビュー上は、陸奥守百済王敬福の功績とされている。折から東大寺大仏鍍金のために入用の黄金をいかに調達するのか、廟堂の高官たちは悩んでいた。銅を産しても、黄金がないといわれた日本において、金の発見は驚天動地の出来事だったのである。聖武天皇の喜びは、百済王敬福を従五位上から従三位へ一挙に七階級も特進させたことに象徴されていよう。それまでの陸奥国は、律令国家の辺境として隣の出羽国とならんで、中央政府から見てあまり魅力のない土地であった。異民族蝦夷の原住地として放置していた地域に金が出たというのだから、貪欲な中央官人がだまって黄金の山を見過ごすはずもない。富を求めて陸奥が戦場になることは必至なのだ。その後の歴史は相次ぐ戦によって推移した」◇(閑話休題)――この「小金」「牛麿」「石成」といった人たちの、ふだんの生活は?農耕じゃないですかね。

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