『薩摩斑目家』の歴史
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3★はじめに現在、東京で暮らす力曠さんは、実は京都の生まれで、鹿児島に住んだことはない。薩摩とのゆかりは、父日仏氏(故人)が幕末最強軍団の「出水兵へこ児」で知られる鹿児島県出水市の出身ということにある。真言宗大僧正まで上りつめた日仏氏は、薩摩隼人の血を引いていることに誇りを持っていた。このため力曠氏の本籍は、日仏氏の望み通りの出水市にある。長年、ビジネスや観光で世界中を飛び回ってきたが、喜寿となって気づいてみれば、自分の拠って立つ根本を見ていない。自身のルーツとは、何なのか。力曠さんもまた、内なるものを求めて、「先祖探しの旅」に出たくなったのかもしれない―。いずれにしても、問題は当方である。新聞記者を定年退職しただけの一介の身に過ぎない。文雄氏のような歴史の専門家でないどころか、学校で習った日本史の知識さえとっくに忘却の彼方である。いわんや古文書なんてものは見ても聞いてもチンプンカンプンだ。まさに、初めて目にし耳にする外国語と取っ組み合いをするといった趣だった。

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