『薩摩斑目家』の歴史
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136七★出水市歴史民俗資料館副総括責任者・肱岡隆夫氏インタビュー出水市歴史民俗資料館の副総括責任者、肱岡隆夫さんに「軍役高帳」の記録を見ながら、「出水麓の斑目氏」を語ってもらった。肱岡さん自身が出水郷士の子孫であるだけに、「高帳」の分析はあくまで人間くさく、当時の斑目氏の姿が如実によみがえった。 ―そもそも、斑目氏は祁答院から、いつ出水に移り住んだのでしょうか。肱岡 斑目氏といっても、出水麓では何百とある郷士の家の一軒にすぎないので、個別の情報があるわけではありません。従って、いつこちらに移ってきたかは分かりませんが、いろんな史料で考え合わせると、江戸時代になる前の話じゃないでしょうか。つまり出水郷を薩州島津家が支配していた時代だと推測しています。 ―一般的に想定されているように、縁戚の祁答院家が崩壊した後、島津宗家の家来となり、出水麓の郷士として移って来たのではないと?

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